世代を超えた共感、読解により可能なゆるやかな継承
![David Adjaye Making Public Building](https://www.10plus1.jp/archives/review/kaigai/0702/0702_David-Adjaye.jpg)
David Adjaye Making Public Building, Ed. Peter Allison, Thames and Hudson, 2006.
![Architecture in not made with the brain](https://www.10plus1.jp/archives/review/kaigai/0702/0702_Architecture-in-not.jpg)
Niall Hobhouse, Architecture in not made with the brain, Architectural Association, 2006.
![The Charged Void: Architecture](https://www.10plus1.jp/archives/review/kaigai/0702/0702_The-Charged-Void-Archi.jpg)
Alison and Peter Smithson, The Charged Void: Architecture, The Monacelli Press, 2002.
![The Charged Void: Urbanism](https://www.10plus1.jp/archives/review/kaigai/0702/0702_The-Charged-Void-Urban.jpg)
Alison and Peter Smithson, The Charged Void: Urbanism, The Monacelli Press, 2005.
近代建築、現代建築における、イギリスの貢献を否定するものはいないだろう。18世紀にイギリスにて産業革命がおき、鉄とガラスの大量生産のシステムが、19世紀なかばにクリスタル・パレスをはじめとする近代建築の萌芽ともいえるさまざまな建造物を実現したことは、いくつもの近代建築史の冒頭に記されている。そのあと、20世紀前半の白いモダニズムの時期にこそ、大陸の影響を半周遅れで追いかけるような状態にあったものの、20世紀後半には、インディペンデント・グループ、アーキグラム、AAスクール、ハイテク建築などなど、続けざまに時代の潮流を画するムーブメントを生み出してきた。ただ、一方では、イギリス人のエキセントリック好みと、モダニズム以降の革新志向という側面からか、新世代の前の世代からの断絶は、常態化していた。例えば、アーキグラムをはじめとするロンドン・アバンギャルドとされる一連のムーブメントは、それまでの建築やその時代の否定という側面が強かったし、ハイテク建築も突如現われた未来志向との印象を与え、また昨今のジョン・ポーソンや、トニー・フレットンといった世代に見られる、ミニマルでスタイリッシュな空間は、アーキグラムの騒々しさとは対極にあると理解されているだろう。こうした振れ幅は、ひとつの国の文化といってもそこには多様性があるという言い方もできるが、しかし一見関係ないように見えながらも実はその底流で受け継がれているものがあるのである。
例えば、デヴィッド・アジャイは、自分が学生だった80年代をこのように回想している。
──建築家たちは、それぞれ自分の私的な世界にすっかり閉じこもったまま仕事をしていました。そこで私は自然と過去へ目を向け、CIAMにかかわったような建築家の仕事を見直すことで、より積極的なコンテキスト主義を発見して、どのようにものをつくるかということに関する一種の言説に現実の建築を融合させる試みを行っていったのです。今やそれは完全に時代遅れのものになってしまいましたが、当時はそれが現実の建築に取り組む唯一のアプローチだったのです★1。
以前、この連載で、アジャイの住宅を集めた作品集を紹介したが★2、『David Adjaye / Making Public Building』は、住宅以外の彼の近作を集めたものとなっている。タイトルにあるPublic Buildingとは、ここでは公共建築という意味ではなく、住宅というプライヴェートなもの以外の建物のことであり、それが集合住宅であっても、商業施設であっても、街中にあって複数の人が利用する施設はパブリックなものだということだ。また、インタビューのなかにもあるように、アジャイがコンテキストを重視する建築家であることもPublic Buildingという言葉にはこめられている。「彼はセンスがいいだけではなく、コンテキストも考えている」という評価もできるが、それ以上にスタイリッシュな造形や豊かな素材といったものが、公的な場におかれることの意味を、積極的に問いかけていることを見逃してはならない。彼の発言によく見られるエモーション(感情)という語は、単にパーソナルなものではなく、街の中に必要なものであって、それを排除した近代主義は、無味乾燥な現在の街並みを作ってきたと批判しているのであろう。
スミッソンズは、アジャイが述べているCIAMの最後を見届け、続くTeam Xのリーダー的な役割を果たしていたが、先に書いたような20世紀後半のイギリスのあらゆるムーブメントのルーツともいえる存在である。スミッソンズも、以前この連載で取り上げているが★3、リバイバルとも言えるムーブメントがあり、いくつかの書籍が発刊されているので、それらをまとめて紹介しよう。
『Architecture is not made with the brain / The labour of Alison and Peter Smithson』は、2003年にAAスクールで行なわれたスミッソンズに関するシンポジウムの記録である。スミッソンズへの評価、元スタッフや友人、クライアントの証言などさまざまな視点から、スミッソンズ像が述べられているが、とりわけ、サージソン・アンド・ベイツなどの若手作家がスミッソンズからどのような影響を受け、現在の彼らの設計に反映しているかのくだりが興味深い★4。
『The Charged Void』は、Architecture とUrbanism の各一冊となる、それぞれ分厚い本であり、スミッソンズの完全作品集となっている。この建築家カップルの半世紀を超える活動の記録は、彼ら自身の手によって1980年代のはじめに着手されたが、Architectureの編が出たのが2001年、Urbanismの編が出たのが2005年と、残念ながら彼ら自身は完成を見届けることはできなかった(アリソンは1993年没。ピーターは2003年没)。建築家のモノグラフは多数あるものの、建築家自身によるものは珍しく、評論、概説等は省かれ、多数のプロジェクトを年代順に、ある時代ごとにグループ分けして記載している。スミッソンズの全貌を知るには、またとない資料である。
スミッソンズに引き継がれたCIAMに代表される近代建築の巨匠達が、わかりやすいマニュフェストをともなっていたのに比べると、とりわけスミッソンズの後期の作業というのは、その特徴がつかみにくい。しかし、丁寧に読み込むと浮び上がってくる建築の質のようなものがそこにはあって、明快なコンセプトといったものに単純化することはできないけれども、そうした設計のコツとして重要なものに、新しい世代も気付いているといえるのではないだろうか★5。
★1──ディッド・アジャイ・インタヴュー「素材は読解に似ています」(『ディーテイル・ジャパン』2006年2月号所収)
★2──本連載「住宅をめぐるさまざまな試み https://www.10plus1.jp/archives/2006/02/10172919.html」参照のこと。
★3──本連載「住宅という悦び https://www.10plus1.jp/archives/2005/02/10202545.html」参照のこと。
★4──サージソン・アンド・ベイツは「lessons Learnt from Alison and Peter Smithson」というスピーチのなかで、スミッソンズの建築の特徴および彼らへの影響として、次の6つを挙げていることを、参考までに記しておく。
・Strategy and Detail
・Conglomerate Ordering
・Ways
・Janus Face
・Ground Notations
・As Found
★5──筆者は建築家の塚本由晴氏から、スミソンズおよびイギリスの現代建築家の幾人かへの強い共感の念を何度かうかがっている。おそらく、周辺の環境に応答するコンテキスト主義のスタンスと、生活のなかのある具体的な事象から空間へとイメージを膨らませていく手つきに、肯首するものがあるのだろう。個人的な会話の内容を披露するのはよくないかもしれないが、この稿をまとめるにあたって、塚本氏の発言にインスピレーションを受けたことを明記しておいたほうがフェアにも思える。また、イギリスの動向には実感がわかないという読者にも、アトリエ・ワンにも関連があると記すことで関心を持ってもらえるのではと、期待する向きもある。
[いまむら そうへい・建築家]