モダニズムとブルジョワの夢
Modernist Paradise Niemeyer House, Boyd Collection, Michael Webb, Rizzoli Intl Pubns
スヴェンド・エリック・オーレンシュレッガー『アルネ・ヤコブセン』(アップリンク、2004)
ジョセフ・ヒレル『ミース・ファン・デル・ローエ』(エスコーラ、2005)
ブラジルのモダニズム建築の巨匠、オスカー・ニーマイヤーは、今年で100歳となったが、彼はその長いキャリアのなかで無数の建築を実現してきているものの、実は住宅の作品は少ない。というのは、真摯なマルクス主義者であった彼は、中産階級のブルジョアのための住宅を設計することを潔しとせず、彼自身の自邸のほか、ごく親しい知り合いの住宅しか手がけなかったからだ。これは、近代建築の巨匠の代表作が、例えばル・コルビュジエの《サヴォア邸》だとか、ミース・ファン・デル・ローエ《ファンズワース邸》は住宅であり、また資産家のためであったこととは対照的である。祖国の都市ブラジリアの建設のために、ル・コルビュジエとともに働いたが、それは社会的貢献のためとの大儀があったからだ。
その住宅作家としては寡作のニーマイヤーが、北米のサンタモニカにひとつの住宅を残している。これは映画関係者であったクライアントが、ブラジルを訪れた際にニーマイヤーの建築にほれ込み、彼に設計を依頼し実現したものであるが、その経緯は少し変わっており、ニーマイヤーは結局クライアントに会うことも、敷地を訪ねることもせずにこの住宅を設計している。クライアントが敷地の航空写真や地形図をブラジルのニーマイヤーに送り、建築家は1964年にスケッチを描き、何度かの修正を経て実現へと至っている。ニーマイヤーの住宅としては1954年に完成した彼の自邸が有名であるが★1、その住宅がこの建築家らしく自在な曲線の平面プランを持つのに比べると、このサンタモニカの住宅はT字型の幾何学的な平面を持ち、ケース・スタディ・ハウスの一連のものとされても違和感のないデザインとなっている。
その後、この住宅は2001年に競売にかけられ(ニーマイヤー作ということは特にうたわれなかった)、数年間買い手が見つからなかった後、一時はディベロッパーが解体するという話も持ち上がったものの、最終的にはボイド夫妻が購入することとなる。ボイド夫妻は、ニーマイヤーのこの住宅を完璧に修復したのみならず、彼らが収拾したモダニズムのコレクションをこの住宅に収め、一種の美術館のように仕立て上げた。彼らのコレクションの中心は、ヘリット・リートフェルト、ジャン・プルーヴェ、チャールズ&レイ・イームズ、アルネ・ヤコブセンといったモダニズムの巨匠たちによる家具や調度品、書籍類であり、個人によるコレクションとしては特筆すべききわめて充実した重要なものとなっている。
マイケル・ウエッブによる『Modernist Paradise』は、ニーマイヤーの住宅とそこに集められたこのボイド・コレクションを、豊富な写真で紹介するものである。モダニズムの住宅とそこに集められたモダニストの手による品々の数々という組合せは世界的にも例を見ない、書籍のタイトル通り、モダンデザインの楽園のようなものとなっている。
正直、この『Modernist Paradise』という本は、いわゆるコーヒー・テーブル・ブックと呼ばれる、きれいな写真をぱらぱら眺めるために作られた本だ。この連載では、いろいろな建築洋書を取り上げているが、実際にはよく売れている建築洋書とは、普段ここでは取り上げない、クールなホテルや住宅のインテリアといった厚手のヴィジュアル本である。それらは専門家以外が多く手にするから、マーケットとしても建築専門の硬派な本よりもずっと部数は多い。
モダニズムにもいろいろな側面があって、そのなかにはイデオロギーを問うもの、社会的役割を追求するものなどがあって、それらをめざした建築家にとっては、安穏とした優雅で保守的な生活を送るブルジョワジーは明確な敵であった。しかし、そうしたモチベーションを持ったモダニズムも、歴史化されると教養の一部となり、またいい趣味のアイコンともなる。そんな皮肉な見方を思いつつも、このサンタモニカのあっけらかんとした気候の中に佇むニーマイヤーの住宅の様を眺めていると、頭が漂白されるような感覚を覚えるのは私だけではあるまい。
時代ごとに、建築のメディアは少しずつ変化をとげるものだが、このところはだんだんとDVDで建築を紹介する試みが目につくようになった。 アルネ・ヤコブセンのDVDは、彼の作品と人となりとが、元スタッフや関係者などの証言を交え伝記風に紹介されている。少年の頃からずば抜けて絵がうまかったこと、いくつかの公私に関わる重大な危機、生涯にわたるデザインへの没頭、そうしたエピソードを交えつつ、彼の珠玉の作品の美しい映像とともに展開される。こうしたDVDのメリットは、短い時間に多くの映像や知識を詰め込むことができ、またヴィジュアルと言葉を使うことで、彼の作品と人物とを立体的に理解できることである。
ミース・ファン・デル・ローエのDVDは、意外なことに彼の比較的マイナーなプロジェクトである《モントリオールのガソリンスタンド》から始まり、時間をさかのぼるかたちで、《シーグラム・ビル》《レイクショア・ドライブ・アパートメント》など、アメリカの作品を中心に、プロジェクトが紹介される。こちらも関係者の証言が、ミース像を活き活きとさせることに成功しているといえる★2。
この、ヤコブセンとミースのDVDを続けて見ると、とりわけ動画は建築の造形や空間を紹介するのにとても適していることが確認できる。そして、優れた建築とは、優れた形を持っているという、あたり前ともいえることがとても意識される。そうした意味からは、ヤコブセンもミースも映像に適した作家であると言って差し支えないだろう。
こうした映像は、作品のヴィジュアルやエピソードを紹介するばかりで、表層的であり、内容に深みがないという批判もいくつか目にしたことがある。しかし、本であれば、読書の途中で問題意識を持ち、そのページを繰るのをしばし止めることもあるだろうが、映像ではそうはいかない。映像には、時間の流れというものがやむをえずあり、鑑賞者は受身的にならざるをえない。だから、そこに批判的な内容を入れるべきだという主張は、このメディアの性格をよく理解していないのではないかと思える。批評が目的であれば、やはり今でも文字の方が有効ではないか。一方DVDという映像メディアも、まだ始まったばかりなので、これから進化を遂げて、より優れた作品が産み出されることを期待してもいいだろう。
★1──ニーマイヤー自邸は、『a+u』2000年10月臨時増刊号(特集=Visions of the Real: II)に取り上げられ、詳しく紹介されている。
★2──ここでのミースについての証言者は、なかなかの豪華な顔ぶれだ。《シーグラム・ビル》のクライアントの娘であり建築研究者であるフィリス・ランバート。ミースの伝記を書いたフランク・シュルツ。そのほか、スタンリー・タイガーマン、エリザベス・ディラー、デトルフ・メーティンスなど。極めつけは、撮影時に、ミースのベルリンのナショナル・ギャラリーで展覧会「Contents」を開いていたレム・コールハースであるが、DVDの中の彼の発言の一部を引用しておこう。
「私は、ミースを尊敬しないが、愛している。ミースを勉強し、発掘し、再構築し、洗濯した。ミースを尊敬しないので、彼のファンとは敵対している」。
また、レムは、書籍に関する発言もしているので、ついでに紹介しておく。
「私は物書きです。もちろん建築の仕事も重要ですが、書物でないと自分の一貫性を紹介できない」。
[いまむら そうへい・建築家]