ハンス・イベリングによるオランダ案内
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Hans Ibelings, 20th Century Architecture in the Netherlands, NAi Publishers, 1996.
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Hans Ibelings, 20th Century Urban Design in the Netherlands, NAi
Publishers, 2000.
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Hans Ibelings (ed.), The Artificial Landscape, NAi Publishers, 2000.
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Hans Ibelings, ING Group Headquarters, NAi Publishers, 2003.
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『SD』1999年2月号(鹿島出版会、1999)
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『建築文化』2001年8月号(彰国社、2001)
このコーナーでも関連の書籍をたびたび紹介し、何かと話題になることの多いオランダ建築であるが、参照されるのは、1920年代を中心とした「ダッチ・モダン」と、90年代以降の「スーパー・ダッチ」のふたつの時期に集中している。しかし、ある程度これらのムーブメントに通じたあとは、オランダ建築をもっと広い視野で見てみたいと考えるのも、自然な流れだろう。今回は、オランダの建築史家/建築批評家、ハンス・イベリングスの本を取り上げよう。
ハンス・イベリングスは、現在インディペンドで活動しており、歴史的なものから現代まで、守備範囲は広い。著書も多く、研究者としての裏づけを持ちながらも文章は平明でわかりやすい。イベリングと仲の良いオランダの建築家フェリックス・クラウスに、「イベリングって、どんな人?」と聞くと、「彼は批評家なのに、すごく普通の人なんだよ」との答えが返ってきた。確かに、批評家というと気難しかったり、スノビッシュであったり、オタクっぽかったりすることが多いが、そのあと実際に会ったイベリングは、本当にごく普通の、気さくな人であった。そのイベリングが書くテキストは、専門的な内容のものでも、決して衒学的ではなく、きわめてまっとうなものだとの印象を受ける。
まずは、20世紀のオランダ建築を紹介する『20th Century Architecture in the Netherlands』と、20世紀のオランダの都市計画を紹介する『20th Century Urban Design in the Netherlands』を取り上げよう。この2冊とも、20世紀を10年ごと10の時期に区切り、それぞれがテキストと豊富な図版で構成されている。その図版もわれわれが通常建築図書で慣れている、建築写真と図面だけではなく、竣工当時の写真、パースなどが多く入っている。説明によると、1960年代までは、オランダ建築史の本の主役は、ドローイングであったのが、それ以降は文字が中心になったという。それは多分、時期の多少の違いはあるとしてもオランダに限らない状況と思われるが、ここでは、図版を中心として本を作ろうというのは、明快な意図に沿ったものであることがわかる。また、今回紹介する4冊のイベリングの本はすべて、NAi Publisherの出版であるが、この出版社の母体はNAi(オランダ建築博物館)である。NAiはその名のとおり、国立の建築博物館であり、世界でも有数の建築ドローイングコレクションを持っている。よって、この本の成立も、その充実したコレクションに支えられてのことと、想像できる。つくづく、日本にも早く本格的な建築博物館ができて欲しいと思うが、残念ながらそれはずっと先のことであろう。
さて、この2冊のうち、オランダ建築のほうを開くと、最初の作品がH.P.ベルラーヘによる《アムステルダム証券取引所》。オランダの近代建築の幕開けを告げる作品としてあまりにも名高い建物であるが、正に世紀の変わり目に出現していたことを改めて知る。しかし1900年代はまだ、様式的な建物が多く目立ち、10年代には、アムステルダム派が台頭し始め、その後期にはモダニズムの抽象的な造形のプロジェクトが作られ始める。そして20年代には、この本の表紙にもなっている《ファン・ネレ工場》など、ダッチ・モダニズムの最盛期を迎える。このように、ムーブメントを流れで捉えることができるのが、このような本のメリットであろう。最後の90年代はPluralism(多様主義)と名づけられているが、この本が出版されたのが95年であり、また同時代で評価がまだ定まっていなかったので、このようなタイトルをつけたのだろう。しばらく経ってみれば、この時期も非常に明快な特性を持っていたと理解されることと思う。
アムステルダムの都市計画についてレクチャーを受けたことがあるのだが、運河で有名な中心部は17、18世紀に形成され、その後20世紀になっても、エリアごとにどの時期に都市計画を行われたのかが非常にはっきりしている。オランダの広域の地図を見ても、その地域の道路計画、住戸の配置により、いつの時期に計画された地域なのかすぐに特定できるのである。これは、さまざまな時期の計画や、現象の層が重なり合って、渾然一体となっている東京のような都市からは少し想像しにくい。例えば、すこし長くなるが、各時期に付けられたタイトルを書き写してみると、以下のようになっている。City building('00-'10)、Garden city and city block('10-'20)、The regional city('20-'30)、The functional city('30-'40)、Post-war reconstruction('40-'50)、The open city('50-'60)、Megastructures('60-'70)、The sociable city('70-'80)、The compact city('80-'90)、New expansion districts('90-'00)。このように、各タイトルを見るだけで、その時期の都市計画の傾向がはっきりと読み取れるのは、興味深いことだと思う。
『The Artificial Landscape』は、最近目覚しいオランダの現代建築を網羅的に紹介するものである。このタイトルにある人工的なランドスケープとは、歴史の中で常に土地を作り、それの維持に努めていたこの国そのものを示す、オランダを理解するには鍵となる言葉である。説明すると長くなるが、『10+1』本誌最新号(No.32)で、私も少し触れているし、末尾に記した『SD』の特集号では、吉良森子が「トータル・ランドスケープ」という考えを披露しているので、合わせて是非参考にして欲しい。
『ING Group Headquarters』は、その空中に持ち上げられた巨大なガラス製のジョギングシューズのような形態が目を引く建物で、すでにいくつかの日本の雑誌でも取り上げられているので、その威容に驚いた人も多いであろう。この建物は隣接する高速道路からも見ることができ、この建物が建つエリアは新しくビル群を建てるために新たに開発されている場所であり、伊東豊雄のオフィス・ビル《マーラー4 ブロック5》もすぐ近くで建設中である。このINGの建物は、オランダで最も坪単価が高いとされているが、このエリアに投資を行っているING社が、先駆けて斬新な本社ビルを建てることにより、この開発プロジェクトの成功をアピールする狙いがあると言われている。これまでのオランダの現代建築は、アイデア先行で、テクノロジーは二の次という感が否めなかったが、このように高度な技術に支えられた建物ができたということは、好景気にも支えられたオランダの建築ブームが、時間をかけて成熟してきたことを意味するのであろう。
ついでながら、イベリングのテキストはいくつかのものが建築雑誌に日本語に翻訳されているが、『10+1』本誌で読めるものとしては、「スーパー・モダニズム」(No.19)と「国際化するヨーロッパ建築」(No.22)がある。この連載の昨年12月の回に取り上げた、クラウス・エン・カーンの本のテキストも、イベリングによるものだ。
また参考までに、最近オランダ建築を特集した雑誌としては、『SD』99年2月号「特集ダッチ・モデル 建築、都市、ランドスケープ」と、『建築文化』2001年8月号「ダッチ・モダニズム」がともに充実した内容でお薦めである。
[いまむら そうへい・建築家]